痛みは、からだからのメッセージ

<痛みと身体の心理学>

藤見幸雄[著] 新潮選書[出版]

あなたは、病気にかかったり、身体に症状が現れたとき、どのようなことを思うでしょうか。「何か悪いものでも食べたのだろうか」、「ストレス、寝不足のせいだろうか」、「老化現象か、遺伝のせいか」、「幼少期のトラウマ、あるいは過去の辛い体験のせいか」(中略)これらには、どれにも共通している点があります。それは、どこかに「原因」を求めているという点です。つまり、どれもが「因果」的な考えをベースにしているのです。何らかの原因を想定するのは、それを突き止め取り除くことによって、病や症状を治す、あるいは心や身体を「正常」な状態に戻すためです。病や症状は「異常なもの」、したがって「排除されるべきもの」とみなされているのです。それが「因果論」による、病気観、症状観です。

これに対して、身体症状や病を、「意味や目的のあるもの」として捉える「目的論」的立場があります。そのうちのひとつが、私が心理療法を行う上で大事にしている「プロセス志向心理学」です。

「プロセス志向心理学」の創始者であるアーノルド・ミンデルは、もともとはユング心理学の分析家です。あるとき彼は、胃癌を患い、余命幾ばくもない中年男性から心理分析を依頼され、その男性と会うことになりました。その男性の胃癌はすでに切除され、もう存在しないのですが、男性はないはずの胃癌を、「それはどんどん大きくなっている」と話していたそうです。

ミンデルは最初、彼の話はただの妄想だと感じましたが、もしかしたら彼の身体は彼の思いを表現しているのではないかと思い直し、男性に対して今感じている痛みをより深く感じるように提案してみました。すると、彼は痛みの極みに達したかと思われたとき、次のように言ったのです。「僕はただ爆発したい、今まで本当に爆発することができなかった。」

ミンデルは、彼を定期的に見舞い、彼と話し込んで行くなかで、彼のテーマが明らかとなって行きました。それは、自分自身を十分に表現すること、とりわけ夫婦関係において妻にしっかりと自己主張することです。その後、それまでとは一変して、彼は妻に対して自分自身の要望をしっかりと言葉で表現できるようになり、症状も改善して退院したそうです。

このように、ミンデルは病や症状が訴える「痛み」を感じる「身体」を、現実の身体と心との中間にある「ドリームボディ」ととらえ、ドリームボディの感じる痛みは、心の痛みであると解釈しました。そして、そのドリームボディの感じる痛みに真正面から向かい、寄り添うことで、心の問題を理解し解放する手助けができると考えたのです。

私は、アドラーを知る以前に、ミンデルのプロセス志向心理学に興味を持ちました。ミンデルのプロセス志向心理学は、私にとっては(役に立たない)心理学を再発見することになった原点かもしれません。今思えば、ミンデルもアドラーも「原因論」を否定し、「目的論」から問題全体を見つめなおすというところが同じであったのですね。

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