人生はシンプルである 人は今すぐ幸福になれる(1)

2013年12月に出版された岸見一郎先生の「嫌われる勇気」から始まって、現在に至るまで世間ではアドラーがブームです。今までアドラーなぞ見向きもしてなかった心理学関係本を執筆している先生方が、慌てて付け焼刃的な知識でアドラー本を次々と出しているところは笑えますが、こういう本はパラパラと立ち読みしただけで底の浅さが見えますね。私個人としてはこの岸見先生の本一冊でアドラー心理学はほぼ全て網羅されてるのではと感じます。ただし、岸見風アドラーですが。。とりあえず、この「嫌われる勇気」の纏めを行いながら、できれば現実生活に応用するための考察を加えていきたいと思います。


ある思想、哲学が自分にとって現実生活において役に立つのかどうかを考える時、以下の3つの視点から見てみると良いと思います。もちろん、3つの視点から見るとは言っても、自分に理解できる範囲でしか見れませんが、それはそれで仕方が無いことですし、結局、自分の理解できないことは生活に応用できません。大切なのは今、自分が分かっていることを大事にすることだと私は思います。
・自由とは何か、・幸福とは何か、・いかに生きるべきか

これからアドラーの思想について、この3点から考察してみます。
それではまず、「自由とは」から見ていきます。岸見先生のアドラー学では、「自由とは、他者から嫌われることである」と規定されます。(嫌われる勇気 P162)
他者の評価を気にかけず、他者から嫌われることを恐れず、(他者から)承認されないかもしれないというコストを支払わない限り、自分の生き方をつらぬくことは出来ない。つまり、自由にはなれないわけです。


他者から嫌われることを恐れず→すなわち、「承認欲求」を否定(捨てる)こと。他者から認められたいという欲望を捨てる、たとえその相手が自分の一番身近な恋人であっても家族であっても。。

なぜか? 結局、人から認められたいという欲望を満たす生き方は、他者からの見返りを期待している生き方であり、それは「自分はこれだけあなたに尽くしたのだから、あなたも私に尽くすべきである」という考えに容易に変わるから。


これはただの取引であって、他者を縛り、自分を縛ることになる。そんなものは自由では無いです。自由とは「自らに由る」という意味です。他者からの見返りを求めるなんて論外です。
他者から認められたいと願うことは、お互いを大切に思うという気持ちを取引の材料にしている、とっても自己中心的な考え方なんですね。


そして、この罠に落ちないための方策は何か? それが「課題の分離」ということです。なので、自由とはすなわち、他者の課題を切り捨てることです。


他者の課題を切り捨てるとは言っても、他者に無関心でいろというわけではないです。「馬を水辺に連れて行くことはできても、水を飲ませることはできない」という言葉があるように、自分にできることは納得できるまでやる、そして何をするか決めるのは最終的には他者の(自分の肉親であっても自分ではない他者の)課題であると割り切ることが必要なのです。

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